何番煎じだよというレベルの内容なのですが、昨今のVertical SaaSの隆興やChatGPTの技術などの進歩において、さらに流れが加速しそうだと考えたので、ポエム的に書いていきます。
日本のSIerがIT人材の雇用を強く生み出していることは事実です。彼らが開発した基盤システムなるものが企業の基本的オペレーションとして動作することも分かっています。しかし、昨今においては不要になりつつあります。「何十年も前から言われているけれど、実際なくなっていないだろ」というのは、まだ役割があったからです。しかし残念ながら本格的に役割がなくなります。
SIer(SIer)について
システムインテグレータについて軽く触れておきましょう。SI(エスアイ)、SIer(エスアイアー)と呼ぶことも多いでしょうか。業界にいるとSIerという言葉を最もよく使うので、このままSIerと表記させてもらいます。システムインテグレータ社の個別企業の話ではないのでご注意を。
SIerはいわゆるシステムの受託開発を生業とする企業の一般総称です。SIerに対して、ソフトウェアやインフラなどを委任し開発してもらう、さらにはその運用管理も任せる(外注)ことが多いです。もともと大企業の情報システム部が自社内のシステム構築を通して、「あれ?これほかの企業でも同じようにシステム構築作業でできるのではないか?」と思いついたことから業務を切り分けたことが源流です。これはユーザ系SIer(NTTデータ、ISID、SCSK、CTCなど)と呼ばれています。他には富士通やNECなどメーカーのSIerなど分類すれば細分化できますが、基本のモチベーション「システムを構築して稼ぐ」は同じです。
もちろん各社特徴がありますが、その源流が何かによって得意分野が異なります。例えばNTTデータならば、元国営企業らしく政府やグローバル関連の案件が多く、富士通ならば彼らのハードウェアやインフラを活かした案件が多いです。下流のプログラミングを中心とするSIerなどもありますが、ここではいったん省かせてください。
数十年前、日本企業はソフトウェアという何か得体のしれないものをひとまずSIerに任せてみました。「縁」を非常に重要視する国民性もあいまって、上記の企業とすでに取引がある企業はSIerと親しい関係にあったことも遠因でしょう。結果として、昨今では日本国内においてはソフトウェア内製(外注せずに自社でシステムを構築すること)がほとんどなされておらず、SIerに外注、悪く言えば丸投げしてきた企業が多いです。
しかしソフトウェアの導入当時は、上手いこと業務の改善ができたので、SIerとの関係が今日まで続き、内製に持ち込むべきという力学が思うように働かなかったのではないでしょうか。筆者は当時生まれてすらいませんが、その時代においてSIerは大きな成果を上げたのだろうと思います。門外不出のテクノロジーを活用した得体のしれないシステム構築という業務効率が上がるかどうかわからないプロジェクトを完遂して実際に成果を生み出した、という点では社会貢献ができていたはずです。
しかし現代においてはその存在価値は失われつつあります。その第一歩として、システム構築のノウハウが大量にインターネット上に流出してきたのです。
技術のオープンが「善」とされる世界において
とっかかりはプログラミングスクールでも何でもいいのですが、システム構築に関するハードルは大きく下がりました。バックエンドからフロントエンド、そしてクラウドを活用したインフラの構築がいとも簡単にできるようになったのです。大規模サービスの構築に関しても、GoogleやMetaなどのビックテックは惜しみなくそのソフトウェアの構造をオープンにしてきました。GitHubをはじめとするオープンソースコミュニティの発展、そして日本ならばQiitaやZennなどの技術共有プラットフォームにおいて、エンジニアたちはその技術をオープンにすることを善とする風土が根付いています。
SIerにとってすれば、自分たちの商売の根幹の技術がインターネット上に根付いていってしまったのです。門外不出だったはずののテクノロジーは、なすすべもなく公開されてしまいました。皮肉にも現在ではSIerの書くコードは、それらのプラットフォームから逆にコピペしたコードの継ぎはぎになっています。それにChatGPTとくれば本当に役割がなくなります。最終的にSIerに残ったのはシステム開発プロジェクトをマネジメントする技術でしかありません。たしかにプロジェクトをマネジメントするスキルは非常に重要です。しかし、企業はたしてシステム構築のプロジェクトマネジメントを外注したいのでしょうか。会社の経営資源は、人・モノ・金・情報といいますよね。人事部を外注しますか?生産部門を外注しますか?経理・ファイナンス部門を外注しますか?では情報システム部は…?企業の存続に重要なシステムの内製化は不可避です。
しかしながら、内製化が進むとはいってもすべてのシステムを自社で開発するというのは現実的ではありません。自動車メーカーが会計システムを開発して運用していくのは大変です。でもだからといって、会計をないがしろにしたいわけではない。そこで登場したのがSaaSです。
SaaSの脅威
筆者の専門分野ですが、SaaS(サース)の登場はSIerを大きく揺さぶる結果になりました。SaaSを今更説明するのも逆に難しいですが、簡単にいえばインターネット上で利用できるソフトウェアとでもいっておきましょうか。例えばGmailはインターネットを利用してどこからでもログインして使えますよね。これは立派なSaaSです。SaaSの登場以前はSIerに委託して自社の業務に応じたシステムを独自に構築していました。しかしSaaSの特徴であるクラウド型に乗り移っていくことになります。
クラウド型のメリットは、攻めの面では自社に高速にシステムを導入ができるため生産性の向上、守りの面では法改正などの事情にも素早く対応でき、セキュリティ対策、ハードウェアやオペレーティングシステムの更新などのいわば本質的ではない雑務の簡略化などに貢献しました。さらにはSaaS企業サイドの価値提案型の機能により、思いつかないような業務改善をおもわぬ形で生み出すこともありました。この強烈なメリットは、これまで多額の投資をしてシステムを構築してきた企業にとって、どうしても享受したいものでした。これまでは自分たちの業務プロセスに応じた要件をシステムに落とすことをSIerに依頼していたものを、逆にシステムに自分たちの業務プロセスを合わせるという方針に踏み切るようになっていきました。具体例を一つ上げれば、独自の営業支援システムを構築してきたものの、Salesforceに乗り換えて、Salesforceに合わせた営業業務を行うようにした、というパターンです。もともと営業支援システムがなかったというパターンもありますね。これは一種のデジタルトランスフォーメーションです。
SIerは、企業の細かな要求を受け入れて開発をすることで、その企業だけにカスタマイズできることを売りにしてきましたが、細かなカスタマイズよりも、クラウド型のメリットが上回ってしまったのです。すこしずつ陰りが見えてきました。この変化は、営業や経理などのどの業界の企業でも存在するような職種に対しての革命でした。このような種類のSaaSをHorizontal SaaS(水平型SaaS)と呼ぶのも重要なので頭に入れておいてください。
Vertical SaaSの登場でとどめを刺される
しかしながら、ニッチな業界でのシステムは、業界によっては市場規模が狭かったりすることもあり、クラウド型サービスへの移行がなかなか進みませんでした。例えば工場管理のシステム。メーカーによって仕組みもオペレーションも大きく異なり、カスタマイズ性が必須で、内製化したくても非常にコストが高くついてしまう。消極的ではあるもののSIerにお願いするしかないという状況がありました。このアンチテーゼとして、昨今はVertical SaaS(垂直型SaaS)という概念が登場してきてしまいました。
Vertical SaaSとは業界に特化したクラウド型サービスで、前述した工場管理のオペレーションのようなニッチかつ複雑な業務に対応したSaaSです。Horizontal SaaSの強烈なメリット経験した企業は、工場管理のような業務でもソフトウェアに自分たちの業務プロセスを合わせるように改善したほうがいいことに気が付いてしまいました。もしくは腹をくくって内製に舵を切る。ここで筆者の最初の意見に帰結されます。Horizontal SaaS、Vertical SaaS、そして内製を組み合わせれば、システム開発を外注する必要は限りなく少なくなります。これはSIerの存在がほぼなかった、アメリカのシステム開発事情とようやく一致します。
DXはSIerが旗振り役として声高に喧伝しているようですが、DXをおこなうのはユーザ企業であり、最終的にシステムインテグレータからの離脱(内製化やSaaSへ乗り換え)という道を歩むことになる皮肉さには、SIerは気づいていないのでしょうか?それとも目をつむってきたのでしょうか?
DXの取り組み状況でアメリカに後塵を拝する — DX白書2023
システム開発以外の業務は残り続けるか
ボロクソに書いてきましたが、SIerの仕事がシステム開発であるという点に焦点を置いてきました。しかし現実は多岐にわたっており、すべての業務が消し飛ぶかというとさすがにそんなことはありません。
例えばITコンサルティングという企業に対してシステム開発のアドバイスを行うというものです。これまでのようにコンサルティングから開発や運用まで一貫したワンストップオペレーションを提供するという形から、内製化やSaaSに圧力をかけられて、コンサルティング業務のみが分離するという可能性はあります。
つまり、アクセンチュアやPwCなどのITコンサルティングと競合になるということです。そうなると給与体系あたりから大きく戦略を変えねばなりません。外資系企業に対抗するための人材の流動性の確保も非常に重要になるわけですが、日本企業でそれは難しいというのが一般論でその通りでしょう。サービスの導入支援、代理店営業、運用代行、セキュリティ診断などほかにもいろいろありますが、例えばですが顧客志向のサービスであればカスタマーサクセスを導入し、導入支援や営業を自ら行うようになりつつあります。ほかの業務も代替されるような状況が起きています。決してすべての企業がそれほど先進的な仕組みを取り入れることはないとしても、SIerからすればそのほとんどが粗利率の低い業務に収斂し、彼らの財務状況を悪化させていくだけです。
それでもSIerは勝てない
いくつかのSIerは自社でサービスを立ち上げるという動きが活発になってきました。要は社内でSaaSを作り出そうとするということです。ハッキリといいましょう。SIerにはこれらをグロースすることはできません。これまでのノウハウを生かしてサービスを作り出すこと自体はできるかもしれません。システムの運用もしていけるでしょう。しかしグロースさせることができないと思います。一番の原因はSIerは課題の当事者ではないからです。
SIerの社員は、上司に新事業を作れと言われて、付け焼刃の業界知識とテクニカルスキルを武器に戦いを彼らに挑みますが、当然勝てるわけがありません。仮に知識をどうにか補填したとしても、それらのベンチャー企業は経営陣の熱いビジョンによって、そのサービスの成長がドリブンされているという点を見逃すことができません。SIerの上司の多くは、新しく生み出した事業を、定例で確認する営業利益率がどうかという目線でしかおそらく考えていません。そもそも営業利益率を見る愚かさにすら気づいていないことと思います。
ただし、例外的に当事者であれば別です。例えば通信業界のシステムにずっと関わっていて、顕在化した課題をどうにかしたいんだ!ということであれば、すごくいいと思います。ただそれならぜひ起業しちゃってください。そちらのほうがおそらく稼げますよ。
マクロ事情についても触れておきましょう。現時点でのSIer各社の時価総額は微増しているところが多いのではないでしょうか。たしかにシステム開発のニーズはこれからも増え続けるでしょう。ただシステム開発全体の市場規模が上がっているから、時価総額も上がっているように感じるだけです。しかし残念ながら、各企業の内製化とSaaSにその領域を奪われていき、SIerが持てるバリューは着実に削られています。そして、すこしずつ優秀な人材がSIerから出ていって、ユーザ企業に行くことで、真のデジタルトランスフォーメーションにつながるのでしょう。
あとがき
ついつい熱くなってしまいました。ここまでSIerを強い言葉で批判するのには当然理由があって、私はとても日本が好きで、将来にわたっても日本にソフトウェアを生業にして住んで行きたいと思っています。アメリカやインドに引っ越していかなければいけないというのは嫌なのです。英語などは些末な問題です。おいしいお寿司を食べたいし、日本風のカレーが好きだし、白米とみそ汁が最強ということなのです(食べ物ばかり…!)。日本人であることで差別を受けることもなく、治安もよくて自分の大切な人を守ることができるのです。新型コロナによるリモート勤務の波は、日本に住みつつグローバルに仕事ができる好材料だと思いましたが、やはりリアルで顔を合わせたほうが良いものは作れる考えが自分には生まれてしまいました。
だからこそ自分が属するソフトウェア関連業界で日本が勝てる道はないかと真剣に考えています。なかでもSIerはとても残念な業界だと常々思っていました。結果論かもしれませんが、日本がソフトウェア分野に弱くなった原因だと思います。しかし、また次の10年は分かりません。SIerと属する人々には、ぜひなんとか踏ん張ってもらいたいものです。